■第一回 月姫前夜
■第二回 初期衝動
■第三回 産みの苦しみ
■第四回 明暗
■第五回 名残りの月
■第六回 閑話2
■第七回 奈須
■第八回 茄子
■第九回 冥土。
■第十回 比翼の鳥
■番外編 6時間耐久チャット
■番外編 その2 サークル紹介


註1
「過去に作られたオリジナルともいえる推理小説のカタチを継承しつつ、あくまで作者自身の世界を密閉した、限りなく現実によりそった限りなく幻想に近い物語」(奈須氏談)
 

註3
本格ミステリ界におけるカリスマ的作家。様々な新人作家の作品に「薦」を載せ、過剰なまでの後押しをして新本格の活動を支えた

註5
奈須きのこ初期の集大成とも言える作品(らしい)。 月姫読本に匹敵するくらい分厚いコピー誌で、部数は片手の指ほども存在しない。 画像をいただいてきました



註7
�ホビージャパンの登録商標。「役割を演じながらするゲーム」といった意味。 一般的にはコンピューターRPGを指す

註9
すごいカテゴライズがあったもんである

註11
そんなことはありません。テーブルトークの世界ではわりと普通です


第七回 奈須


小説である以上、マンガの倍は面白くないと意味がない
編集 ここからは、主に奈須さんに質問させて
いただきたいと思うのですが
奈須 あ、はい
編集 奈須さんの目標は「伝奇と新本格(註1)の融合」であると
聞いています。伝奇方面では先ほど名前の挙がった
菊地秀行さんがいるわけですが、その他に影響を受けた
作家さんなどいましたら
奈須 自分はずっと伝奇一本槍だったんですよ。
菊地さんはその、
神様というか初期衝動というか。こんな面白い小説や
ジャンルがあるんだと。武内君とずっとコンビを
組んでいるので絵というものの破壊力は知ってるわけですよ。
どうがんばっても小説はマンガには勝てない。
小説は字を読むという時間をとる厄介な過程があるのに
対して、マンガはもう、一見して物語に引き込める。
そういうアドバンテージがマンガにはありますから、
小説である以上、マンガの2倍は面白くないと意味がない。
ということをずっと考えていたんです。
そういう風に思っていた時に、綾辻行人(註2)さんの
「十角館の殺人」を偶然読んだんですよ。
すごいショックを受けまして。
「ああ、小説には小説でしかできない見せ方があるんだ」
と、後頭部をガーンと殴られたようなショックでしたね。
そこから新本格の世界に傾倒していきまして。
新本格の面白さと伝奇の面白さをなんとか一つに
したものを作りたい、と思い出したのが5〜6年前ですね。
ですので、影響を受けた作家さんとなると、菊地秀行さんと、
頭のスイッチを切り替えてくれたということで綾辻行人さん。
あとはまあ、大御所と呼ばれる島田荘司(註3)先生。
この3人ははずせませんね。あと、京極夏彦(註4)さん
なんかすごい好きで。あの人は影響があるというよりはもう、
神様なんで(笑)好きでしょうがないという
編集 新本格に手を出す前から小説はお書きに?
奈須 はい
編集 武内さんにお聞きしたいのですが、新本格に手を出す以前と
以後では、奈須さんの作風などは変わりましたでしょうか
武内 それ以前・・・ですか。
「魔法使いの夜」(註5)ってもうはまってたよね?
奈須 ハマった後
武内 そうですねえ・・・むしろ自分の中だと新本格は趣味の
部分であって、あまり作品に影響が出てた感じは
しなかったんですよ。ずっとテーブルトーク(註6)や
RPG(註7)をやってましたんで、なんだかんだ言って
ファンタジー系がすごい。ファンタジーと伝奇を
融合したようなことはずっとやってて。
まあ、飛躍的に文章のレベルが上がった時期は
あったんですけど。そのころはたしか竹本健治(註8)の・・・
奈須 あ!すみません、一番大事な人を忘れてました。
竹本健治さん。新本格の方にはまりまして、いろいろ
探したんですよ。あのころは多分、人生で一番幸せな
時期だと思うんですけど。で、探している時に
竹本健治さんの作品に出会いまして。
最初に受けた衝撃というのはなかなか越えられない
ものなんですが、(「十角館の殺人」を読んだ時のショックを)
軽く越えてくれまして。
「ああ、ここに自分が見たかったもの、欲しかったモノが
あったんだ」と。で、あとはその、竹本健治先生の作品は
大好きなんですけど、立っている場所というか、
向かっている駅が違うということは気づいてましたんで。
自分は竹本健治さんが走らせている列車に羨望のまなざしを
向けつつ、たまに乗客として楽しませてもらったりしつつ、
自分なりの列車で違う駅を目指したいというのが
武内 まあ、あれですね。やっぱり「空の境界」ではじめて
ミステリ風味というのを自分は読んだ気がしましたけど。
それ以前はまた全然毛色の違った作品を書いてましたんで。
あれはあれで一応ミステリだったの・・かな?
奈須 何が?
武内 「氷の花」
奈須 いや、その。「魔法使いの夜」は当時の自分がやりたかった
ことのすべてなんですよ。館同居物(註9)で自分なりの
魔法使い論があって、青子というヒロインがいて。
ちょっとまあ最後にどんでん返しがあってミステリっぽいことを
ちょっとやってみようと。
で、やることをまあ全部やっちゃったんですよ。そうしたら
「あー、なんかとりあえず目的が無くなってしまったなあ」
となってしまって。それで、今までやったことがないものと
いうことで、純文学っぽいものをやってみようと。
それでまあ、「氷の花」っていう騎士物を書いて。
で、その後で
「とりあえず、本気でやりたい物がなくなったから、今まで
ずっとやろうと思っていた伝奇と新本格の融合をやろう」
と思って。それで武内君の誘いを受けたっていう。
そういう形になるんでしょうか?(註10)
編集 わかりました。次に行きたいと思います。ここまでで
「魔法使いの夜」「氷の花」といったタイトルが
出てきているわけですが、今まで奈須さんが
お書きになった作品はどのくらいあるのでしょうか?
奈須 「魔法使いの夜」以前の作品はファン小説の域を
出ていないので、自分的には作品とは数えられません。
少ないんですが、「魔法使いの夜」「氷の花」「空の境界」の
3つですね。これ以外は人様にお見せできる
レベルではないので(笑)
武内 うーん・・それ以外だとあと4つ?高校のころとか。
趣味というか、ラクガキみたいなものですね。
奈須 あっ。〇〇とか。でもアレは、まあ、未完だし
武内 あっそうか、載ってないんだ
編集 すみません、多分今の(会話は、マイクが)
拾えてないのでもう一度。未完の作品というのは?
武内 まあ、その、あれは・・中学校くらいの時に書いた。
でもまあ実際そのころから面白かったですけどね。
一番はじめに書いたのは「スクリーマー」っていう、
これも元々奈須がやっていたテーブルトークを
小説化したものでしたけど。
あの時点でルーズリーフ100枚ありましたから
編集 (笑)そのころからもう
武内 そうですね(笑)はじめはそれをマンガにする予定で。
「マンガにするから、あんまりページ数多くしないでね」
ってお願いしたのに、100ページのやつが来て。
(投げやりな口調で)「できないよ、こんなの」と
奈須 投げられましたね(笑)
世界にルールが欲しいんです
編集 これまでも資料集や用語辞典などの形で
月姫の背景設定、人物紹介など積極的に
行われていますが。今後もう少し踏み込んだ形で
背景世界、世界設定といったものを公開される予定は
ありますか
武内 「月姫」っていうのは奈須の中の完成された世界観の
切り売りという部分があるんですよ。月姫の中で
切れる部分はもう全部公開してるような感じで。
ここから先はまた別の作品でメインに語られるべき
部分なので、これ以上語ることはできないですね。
他の作品を出した後にその作品に最もウェイトがある部分を
また公開していくことはあると思うんですけど
奈須 世界にルールが欲しいんですよ。世界には縛りがないと
面白くないと思う。何事もやっぱり規則。限定された
出来事があるから、限定された中での出来事とあえて
限定を破った時の凄さっていうのがいきてくる。
自分は設定好きとよく言われるんですが、できることと
できないことをきっかり決めておかないと物語は
つまらないと思うんですよ。現実が面白いのは
人間が飛べないからであって、そういうその、
どうしても口出せない部分をきっかり決めておいて、
物語を書いた方が絶対に面白い。
そう思うので何年も前から少しずつルールを作っていって、
それが広がっていって箱庭になっているのが自分の中の
「現代伝奇物」としての世界設定。その一部が
「月姫」なんです。次回作があるとしたら、自分が好き勝手
書けて、かつ今一番面白いのは現代伝奇物なので。
月姫をやってくれた方が「あれ、これって?」と
ニヤリとするような世界の広げ方はしたいなあ、
というところですかね。
武内 用語辞典自体も再販をかける際にもっと増やしてくれと
言ったんですけど「もう増やせん」って言われたんで。
「出し切った」と
奈須 資料集を作る際に
「なにかネタない?用語辞典でもつくろうか?
あれだったら2・3日でできるから」
で、だーーーっと書いて、「こんなもーん」
まあ、そんなもんでしたから
武内 「月姫2」も結局、用語辞典を作ることから。
結構前から言ってたんですよ。半月版のころに
設定集をつけまして。じゃあ完全版には資料集をつけよう、
っていうのはすぐ決めてたんです。それには絶対にその・・・
なんと言いますか、自分の中では奈須っていうと
用語辞典なんですよ。RPGで用語辞典とか作ってた
やつなんて、こいつくらいだと思うんですけど(註11)
編集 あれは一目見て、非常に手馴れていると思いました
武内 今日も奈須の用語辞典、用意してあります(註12)
奈須 ひぃー
武内 奈須の話の楽しみ方っていうのは
用語辞典を見ることだと思うんですよ
奈須ひどい言われようだな(笑)
武内 だから絶対作って欲しかったというのがあって。
それなのに「わかったぁ〜」とか、すごいやる気なさそうに
一同 (笑)
奈須 あのころはなんというかその、ガソリンが。
だって白本は、アレなんですよ。
マスターアップが終わってプレスかけるじゃないですか。
やっと長いマラソンが終わったっていうところで、
締め切り一週間前に「本作るよー」って
一同 (笑)
奈須 用語辞典の最後の項で
「(月姫が完成して)ようやく楽になったっていうのに、
どうして自分たちはこんな本を作ってるんだろう。
それこそ、よくわからない」って書いたんですけど、
ホントにもうそういう気持ちで(笑)

to be continued…

註2
小野不由美の旦那さん。彼のデビュー作「十角館の殺人」が新本格の始まりとされる

註4
妖怪(ぉ

註6
演技をしながら楽しむサイコロ博打。チップは操るキャラクターの運命

註8
「匣の中の失楽」でデビュー。後続の作家達に大きな影響を与える。「アンチ・ミステリ」という言葉で説明したくなるが、長くなるので省略

註10
この後2人の間でしばらく
「でしょうか?」
「でしょうか?」
「ですか?」
「ですか?」
といったやりとりが続くが不毛なので省略。 ご本人にもこのあたりのことはよくわからないようです

註12
画像いただいてきました。これがその用語辞典です